熱血先生はたようじ 波多洋治 BLOG

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2020年01月23日 1月23日(木)新年のご挨拶と年末年始のご報告

多忙につき、長い間ご無沙汰しておりました。
既に1月も終わりに近づきましたが、改めて新年のお慶びを申し上げます。
本年も変わらぬご指導、ご鞭撻を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
 
さて、昨年末はスリランカへ空手指導に行っておりました。帰国後は忘年会やら新年会やらとにぎやかな日々を送っておりました。
令和2年最初となるブログは、そのあたりのご報告からはじめたいと思います。
 
<県政報告会>
12月22日(日)。毎年恒例、はたようじ後援会県政報告会及び忘年会を『岡山ロイヤルホテル』にて開催。衆議院議員の逢沢先生、山下先生をはじめ、蓮岡県議会議長、伊藤前県議会議長など、約300名のご参加を賜りました。
シンガーソングターの吉永拓未さんや、フォークシンガーのさだまさかさんにもご出演いただき、素晴らしい歌で会場を盛り上げていただきました。
 
<スリランカ空手指導>
12月23日(月)スリランカ訪問に向け東京へ。
この日は『日航ホテル』にて前泊。翌24日(火)、午前11時20分発の直行便でスリランカへ。直行便と言えども、現地到着までの飛行時間は約10時間の長旅です。

気温30度のスリランカ。現地空港に降り立った途端、長袖メリヤスシャツを着ていた体からは滝のような汗が。
出迎えてくれた、マヒンダさんとスランガさんとともに、スリランカ第2の都市キャンディを目指して出発です。
車に揺られること3時間半。キャンディ市内にあるホテルに到着。明日からのセミナーについて打ち合わせを終え、眠りについたのは日本時間の深夜3時。長い長いクリスマスイブの一日となりました。
 
25日は、空手セミナー初日です。
公民館のような道場には、およそ70名の子どもたちが集結していましたが、これはこの地で空手を習っている子どもたちのごくごく一部です。
集まった子どもたちは、基本の「突き」や「蹴り」を熱心に練習しています。
空手は特別な道具が必要ない、己の体一つで鍛錬できるスポーツ。貧しい環境の子でも気軽にできるとあって、ここスリランカでも人気です。
しかし残念ながら、指導者が不足しているのが現状です。
かつて、何人もの諸先輩方が指導に訪れたものの再訪することはありませんでした。
そのせいもあってか、形を演武させると、間違った形で覚えてる子が多くいます。誤った形を何万回練習しても無意味です。今回の訪問は、それらの間違いを正すための訪問でもありました。
 
昨年夏のインド訪問もそうでしたが、両国ともに決して豊かな国ではありません。廃止されたとはいえ身分制度の名残りもあります。そんな厳しい環境のなか、子どもたちは目を輝かせ、喜々として練習に励んでいます。今、空手を習っている子どもたちが、10年、20年先、この国を変えるような有能な人材に育ってほしいと願ってやみません。
この子たちに、空手道の精神が宿り生きる力へとつながってきてくれることが本望です。
 
折しも、今年2020年東京オリンピックでは空手道が正式種目に採用され、ヨーロッパをはじめ、世界中から注目を集めています。空手指導にあたるものとして何か貢献できればと思っています。
 
<セミナー2日目>
セミナー2日目の26日。スリランカ初の「至誠館杯空手道選手権大会」を開催しました。
参加者1300名超。形と組手で競い、表彰された子には“第1回至誠館杯”と刻印された盾が贈呈されました。

会場には、初回大会の噂を聞きつけた南インドからの指導者も見学に駆けつけ熱心に見入っていました。帰りの際には、ぜひ南インドにも指導に来てほしい、門下生にしてほしいとの申し出を受けました。
空手指導を求めている国はたくさんあります。ですが、一度だけの訪問でなく、継続が必要だと考えている私としては、さらなる訪問先を増やすことを安易に了承することはできません。今後どれだけの気力、体力が残っているかもじっくり考えなければ…。よって、今回の申し出は一晩考えて答えは一旦保留としました。
 
<元旦の出来事>
令和2年1月1日(水)。
朝4時起床で、5時からの朝起き会に参加しました。
その後、神道山から初日の出を遥拝し本殿を参拝。国家興隆と世界平和を祈願してきました。
 
11時からは我が家の新年会。
子や孫たち総勢12名が集まり、お屠蘇におせち、お雑煮を食べて新年のスタートを祝いました。
ひと昔前、数え年を使っていた頃であれば、元旦というのは家族全員が一つ年をとる、民族の誕生日を祝う日でもありました。今日では、そのような色合いは薄れてしまい、一抹の淋しさも感じます。
 
昼からは、町の鎮守である「白石八幡宮」の総代をはじめ、町内会、子供会役員たちが集っての新年会へ参加。その後15時からは、鹿田小時代の教え子たちが我が家に集まり49回目となる新年同窓会で大いに盛り上がりました。
 
<芳田小教え子、岡工教え子新年同窓会>
2日には芳田小時代の、3日には岡山工業高校時代の教え子たちとの新年同窓会がありました。
どちらも毎年我が家で行われる恒例行事となっています。
 
鹿田小と芳田小の新年会をするようになったきっかけは、学校に集まっての早朝マラソンです。
元旦の朝6時、校庭に集まりグランドや町内を走ったあと、学校や公民館の一室を借りて、父兄の方々が用意してくれた芋がゆを食べて過ごしていたのが今日の始まりです。
それが次第に、走るのがおっくうになり、グランドでソフトボールをするように。数年のちには手がかじかむので、ポケットにいれたままでも楽しめるサッカーに。そのうち、ボールを蹴るのもおっくうになりおせちを食べる会へと変遷。現在の形へと落ち着きました。
いまでは、鹿田小の子は53歳に、芳田小の子は51歳、岡山工業の子たちは40歳になりました。
 
懐かしい顔ぶれが揃うこの行事。息子が正月にハワイで結婚式を挙げた年があり、一度だけ開かれなかったことがありますが、この先もずっと続いてほしいと願っています。
 
<全国高校空手道選手権大会>
4日(土)~6日(月)は、『ZIPアリーナ』で「全国高校空手道選手権大会」が開催されました。この大会は、高校空手道の3大大会に数えられるビッグタイトルですが、「岡山さんよう高校」空手道部監督・滝本先生がはじめた大会が発端です。

開会式には、私も岡山県空手道連盟会長として、以下のような祝辞を述べました。
 
「本年はオリンピックイヤーです。誰もが金メダルを目標に頑張っています。
『銀でもよいよ、銅でも価値は金と同じだよ』と、言われていても、目指すのはやはり金です。しかしながら、金メダルはたった一つ。どれだけ頑張っても誰もが獲れるものではありません。
“金”という文字は、「人ニハ一(心棒)第一」と書きます。
心にきちんと志を持ち、さまざまな苦労を辛抱し、艱難辛苦を乗り越えた暁に他者からの信望を得るのです。それこそが、競技で得る金メダルよりも価値がある、あなたの人生の金メダルなのです。
これからも志をたて、苦しさに耐え、人から信頼される良き人へと成長していってください」
 

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