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2017年09月04日 防衛省の視察に行ってまいりました! (8月23日・24日)

防衛省にて8月23日から、岡山県議会防衛議員連盟で、防衛省の視察に行ってまいりました。

防衛省のある市ヶ谷台は、様々な歴史を持つ場所であります。戦時中は、陸軍士官学校が建設され、その後、大本営陸軍部・陸軍省・参謀本部が置かれました。
戦後、大講堂は極東軍事裁判で法廷として使用されました。そして、三島由紀夫が割腹自殺をしたのも、この地であります。現在は、庁舎や記念館、隊舎等があり、約1万人の職員が勤務しています。

これらを見学した後、別室で我が国の防衛政策についてレクチャーを受けました。皆さんもご存知のように、我が国の安全保障環境は、厳しさを増しております。
今回の視察では、我が国の安全保障・防衛戦略、そして、北朝鮮の核開発の現状やミサイル発射の動向、それに対する防衛省・自衛隊の対応についてうかがうことができました。


お話の中、疑問に思うことがあり、いくつか質問をいたしました。

一つは、我が国に配備されている戦車・火砲の数です。陸上自衛隊では、本州の部隊から戦車を廃止し、各師団・旅団に機動戦闘車を導入するのだそうです。平成29年には、平成25年度当時より、戦車・火砲ともに半分以下に減らされ、それぞれ約300両/門となるそうです。

戦車は、陸上では一番の力を発揮します。しかも、軍事産業の中で、戦車だけが日本で作られております。戦闘機や潜水艦等は、ほとんどがアメリカ製品を使用しております。いざという時には、「アメリカの言うことを聞かなければ運転ができない」というようなことにならないでしょうか。
また、今の日本の戦車は、非常に性能が良い次世代戦車であります。例えば、ヘリコプターが上空から撃ってきた時に、電磁波のバリアで弾を弾くことができます。また、戦車がひっくり返ろうが、どのような体勢になろうが、発射ボタンを押したら、見当をつけた所へ弾が当たるようなシステムになっております。そのような、日本が世界に誇る戦車をなぜ減らすのでしょうか。

お答えをまとめてみましょう。日本は島国で、入り組んだ海岸線があります。国境はなく、例えば、佐渡ヶ島、隠岐の島といった多数の島々が国境の役割を果たしています。これらを全て守り、全国の島に自衛隊を派遣して敵の侵略から守ることは不可能です。
ですから、「多くの陸上兵力を動員し、陸に入ってくるのを防ぐのではなく、万が一にもそれを奪われた場合には、海岸から奪還する」という方向へ戦略が変更になったとのことでした。


そして、今、緊張が高まる北朝鮮であります。我が国には、イージス艦・PAC-3・レーダーなどによる弾道ミサイル防衛システムがありますが、果たしてそれで充分なのでしょうか。
日本は専守防衛の国でありますから、相手国の軍事行動までキャッチすることはできません。一番最初、弾道ミサイルを発射した時点で特定できるよう、日本の管制レーダーは働いてはいないのです。それならば、ミサイルの威力やら方向性やら、何が飛んでくるのかは、分からないのではないでしょうか。そうしますと、アメリカが空からキャッチするものに頼るしかありません。

北朝鮮と日本は距離が短いですから、わずか10分ほどの間に日本の上空を飛んでいきます。その間に撃墜できるのでしょうか。すぐに撃墜の態勢が取れるのでしょうか。1秒、いや、0.001秒を争うことであります。アメリカ頼みでは、遅いのではないでしょうか。

防衛省にて そして、もしミサイルが核弾頭を積んでいたとしたら。仮に、島根県の上空で撃墜したとしたら、核弾頭は爆発しないのでしょうか。すると、破片やら、死の灰やらが降ってきて、大変なことになりはしませんか。日本に原爆が落ち、広島や長崎の二の舞いにならないのでしょうか。

このことをお聞きしましたら、「核弾頭は爆発しない。高度な軍事情報でこれ以上の話はできないが、それは大丈夫です」という、お答えをいただきました。
もちろん、軍事機密にあたることを教えてください、とは申しません。専門的なことではなく、素人感覚といいましょうか、一般庶民の目線での答えをいただきたかったなあと、少々残念に思いました。




富士総合火力演習にて2日目には、富士総合火力演習を視察しました。
富士総合火力演習は、陸上自衛隊の最大規模の実弾演習で、戦車・装甲車が約80両、各種火砲が約60門、航空機が約20機、その他の車両が700両、そして、人員は約2400名にものぼります。

戦車が撃つ大砲の音たるや凄まじく、私は驚嘆いたしました。また、4、5台の戦車が並んで一斉に集中砲火したり、富士山をかたどって撃ったりというような実演もありました。いずれも初めての経験でありまして、大変勉強になりました。

富士総合火力演習にて 富士総合火力演習にて

奇しくも、視察後すぐに、北朝鮮の撃ったミサイルが日本の上空を通過いたしました。多弾頭のミサイルですから、途中で3つに分かれます。1発を迎撃したとしても、残り2発は当たる可能性もあります。明らかに日本に対する威嚇行為ではありませんか。

緊張感に欠けていた我々でありますが、今回は、それなりに緊張感が走りました。対応のため、直ちに国連の安保理議会が開かれ、小野田防衛大臣とアメリカ国防長官の電話会談もありました。
我が国の安全安心がきちんと保証されない限り、我々は枕を高くして眠れないのです。北朝鮮がさらなる脅かしに出るのであれば、日本の力、アメリカの力、韓国の力、中国の力、あるいは、世界の力をもって、きちんと制御していかなければなりません。

我々日本人は、もっと防衛問題に関心を持つべきなのであります。我が国では、平成25年に国家安全保障戦略が定められております。そこには、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画、そして、年度予算が組まれております。
これらの資料は、防衛省・自衛隊の公式サイトでも公開されております。大変重要な資料です。皆さんも一度見てみてください。

■防衛省の政策 > 防衛大綱と防衛力整備
http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/guideline/index.html

■防衛省の取組 > 我が国を取り巻く安全保障環境
米国・北朝鮮・中国・ロシア
http://www.mod.go.jp/j/approach/surround/index.html

■ 防衛省の取組 > 武力攻撃事態への対応
http://www.mod.go.jp/j/approach/buryokutaio/index.html

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2017年08月31日 総務委員会による青森・北海道視察(8月1日〜3日)

8月1日から3日まで、総務委員会の県外調査で北海道に行ってまいりました。

8月1日、大阪は伊丹空港から、飛行機で青森県弘前市に向かいました。
弘前市には、弘前城を始めとする歴史的な建造物や、明治・大正期の洋風建築物などの文化財が数多く残されています。これらを、「趣のある建物」と指定し、歴史と文化が息づく建築物として保存しようとしています。

弘前市役所第1の視察は、弘前市役所庁舎の耐震化工事についてでした。この庁舎は、有名な建築家、前川國男さんのデザインしたものです。本館は昭和33年に竣工、新館は昭和49年に竣工、さらに増築をして平成4年に竣工した新館があります。これらを現在の法規に適合するよう、耐震化・長寿命化工事をしております。

岡山県庁も、現行建築物を活かすため、耐震化の免震工法を採用し長寿命化を図ろうとしています。弘前市役所の耐震化工事の状況は、岡山県庁舎のものとよく似ている状況であります。耐震化工事をすると、寿命が40年ないし50年延びるといわれています。本格的な耐震化建築物ではないというわけですが、建築費用の面でもかなり節約できるため、現在の財政状況の中では、そういう選択がいいのかなと思いました。

弘前市役所 弘前市役所

弘前市役所 弘前市役所

 
弘前市役所の耐震化工事の現状を視察した後、新青森駅に向かいました。新青森駅は北海道新幹線の始発駅であり、青函地下トンネルを通って新函館北斗駅に至ります。

新函館北斗駅は、名前にあるような「函館市」にあるのではなく、「北斗市」にあります。平成の市町村合併の折に、当時、北斗町であった現在の北斗市も函館市と合併して一つの街づくりをする、という構想がありました。そのため、JR北海道の函館駅に集中するのではなく、函館市の中で北斗駅と分散するという意図で作られました。
結果、市町村合併には至らず、新函館北斗駅という名前ですけれども、実際は函館市ではなく北斗市に存在するという状況が起こりました。函館に行くためには、北斗駅で降りてから、さらにバスに乗り換えて行かなければなりません。

この日は、函館市内のホテルに宿泊をしました。夜は、空手道の後輩が宿舎まで迎えに来てくれ、一緒に食事をし、カラオケをして楽しみました。

 
函館市地域交流まちづくりセンター8月2日、第2の視察は、函館市地域交流まちづくりセンターです。大正12年に丸井今井呉服店函館支店として建てられたレトロな建物を再利用し、平成17年に地域交流まちづくりセンターとしてオープンしました。
指定管理者制度を導入し、管理委託料は5年間で2億1700万円です。そのおおまかな支出は、人件費にあてられていますが、センター独自の事業費など1500万円、また、機械設備などの保守整備に5500万円などの経費があてられています。利用料金は、5年間で3700万円程度。入館者数は1年間で12万3千人であり、月平均1万人が利用しています。 

函館市は、平成の大合併当時、人口30万人を超えていましたが、現在は26万人まで減少しています。従って、人口増対策としての定住者誘致推進事業は重要な課題であり、その一翼をセンターの中に設置されている移住サポートセンターが担っています。                      
 
函館市地域交流まちづくりセンター 函館市地域交流まちづくりセンター

平成19年に策定した「函館市基本構想」では、「人が輝き まちが輝く 交流都市はこだて」と定められています。また、「函館 ひかりのおくりもの」をコンセプトワードにCI(シティ・アイデンティティ)を推進し、「ひかりのおくりものフォトコンテスト」が開催され、その他モデル事業なども行われています。
そして、青函トンネルで結ばれた青森市とは、ツインシティ(双子都市)提携をし、11月11日を「青函ツインの日」として制定しました。函館市・青森市の交流を図ることにより、経済、観光、文化・スポーツ等の広い分野にわたる積極的な交流が推進されています。

その後、JR北海道の在来線に乗り、函館北斗駅から札幌に向かいました。札幌駅には午後5時41分に到着し、実に3時間半の旅でした。その夜は、視察参加者全員でジンギスカンを食し、委員相互の親睦を図りました。食事の後は、空手道の後輩が迎えに来てくれましたので、カラオケを歌い札幌の夜を楽しみました。
 
 
東川町役場
8月3日、第3の視察場所は東川町役場です。移住・定住等の取り組みについて調査いたしました。
東川町は、北海道のほぼ中央に位置し、お米と工芸・観光の町として発展してきました。旭岳が町域にあり、大雪山に降り積もった雪が伏流水となって湧き出しています。町には上水道が存在せず、町民は地下水を利用して生活しています。

写真甲子園そして、東川町は、1985年に世界初となる「写真の町」を宣言し、毎年、国際写真フェスティバルを開いています。1994年からは、全国高等学校写真選手権大会 写真甲子園が始まりました。
国内はもとより、世界的にもその名が知れ渡っています。写真甲子園の映画ができるとうかがい、とても楽しみに思いました。

人口はといいますと、1950年の1万754人を頂点に、その後次第に減少し、1995年には7211人までに落ち込みました。その後、「地下水の町」「写真の町」などのキャッチフレーズで東川町に住みたいファンを増やし、以来人口が年々増加し、現在8115人までに増えています。

ところで、今、東川町では、「写真の町」ひがしかわ株主制度に取り組んでおります。町を応援しようとする人が、町への投資(寄付)によって株主となり、まちづくりに参加し応援するサポーター制度です。
 
株主というのは、寄付をしてくれる人、ふるさと納税をしてくれる人です。寄付金は、東川町の事業推進費用にあてるなどして、地域の活性化のため活用されています。株主に対しては、優待制度を設け、農産品やワインなど地域の名産の贈呈などを行っています。
また、特別町民認定証が贈呈され、専用の無料宿泊施設なども提供しています。他にも、田んぼのオーナーになってもらうなど、様々な企画に取り組んでいます。
 
東川町役場 東川町役場にて


第4番目の視察地は旭川空港です。旭川空港は、国が設置をし旭川市が管理をしている特定地方管理空港と呼ばれる空港であります。国内線では、東京・名古屋・大阪が5便、国際線では、韓国・台湾・中国6便が就航しています。

かつては、稚内〜利尻・礼文島、函館〜旭川のような道内各地域間を結ぶ空航路がありました。それにもかかわらず、現在廃止されているのはなぜか。また、岡山県の滑走路は3000mですが、旭川空港の滑走路は2500mです。これを延長する予定があるのか等を、質問をいたしました。

そして、台湾・韓国・中国便を通して外国人観光客がどのくらい訪れており、空港としてどのような対応をしているのか。最後に、貨物取扱状況について、平成20年度では、1千28万トンの総量があったにもかかわらず、近年では、500万トンにも満たない状況にあるのはなぜなのか等についても質問をいたしました。

旭川空港 旭川空港
 

8月4日、最終視察場所は北海道議会です。とはいえ、説明場所が議会棟であっただけであり、特別に議会の人とお話をすることはありませんでした。

北海道議会にて
さて、こちらでは北海道道庁が取り組んでいる私立学校に対する助成金や、ふるさと納税の状況について調査をいたしました。

北海道では、私立学校に対する助成金総額が459億円にものぼり、岡山県の110億円に比べ、多額の私学助成金が投入されています。岡山県内の23校の私立学校に対して北海道は51校でありますので、単純に比較しても北海道庁の私学助成費が多額であることが分かります。

学校数のデータを見ますと、公立高校は昭和63年275校がピークであります。今日、52校が減り223校になっているのに対し、私学はこの30年間ほぼ変動なく51校のままです。

公・私立高校の生徒納付額の比率を見ますと、実に、5倍もの差があります。私学に子どもを通わせるということは、それだけ家庭の負担が公立に対して5倍増えるということです。しかも、親御さんは、税金という形で公立の費用の負担もしているのです。
授業料を上げたら、家庭の負担は増えるばかりです。きちんとした制度として公費を投入していくほかはありません。公私間比率の格差をどう埋めていくかというのは、大変な課題であります。

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2017年08月08日 総務委員会による備中県民局管内視察(7月11日・12日)

7月11日・12日、総務委員会による備中県民局管内の視察が行なわれました。

domaine tettaのワイン最初に訪問したのは、新見市哲多町にある農業生産法人tetta株式会社です。

この地は、今から25年ほど前に岡山県が大型農業地帯として造成開発したところです。しかし、野菜づくり等に失敗をして耕作放棄地になっていました。それを、耕作放棄地の再生のため、高橋竜太氏が平成21年にtetta株式会社を設立し、平成28年9月には「domaine tetta(ド メーヌ テッタ)」と屋号を改められ、成功しています。

この地の石灰岩の土壌はフランスのブルゴーニュに似ており、ぶどう栽培に非常に適した環境だそうです。およそ10haの広大な土地では、約20品種のワイン用のぶどうが栽培され、ぶどうの販売と同時に、ワインの醸造・販売をしています。

パートも含めると15人の従業員が生産に携わっており、20代から40代前半までの若い世代が中心になっています。生産の30%は直売、60%は卸売。10%は県内の飲食店と契約し、およそ5万本のワインを50社の飲食店に卸売しています。この程度ならば、営業マンをおかずとも、自社の社員で十分に対応できるというお話でした。
今後は、新たなワインの醸造や、貯蔵技術の開発など、大学や企業とも連携してワイナリーづくりに挑戦したいということであります。大変な山の中で、アクセス路も一本しかないような中山間地域の会社ですが、将来に向けて夢や希望が詰まった事業が展開されていることに驚きました。醸造施設など多額の費用も考えられますけれど、一企業としてこれらに取り組んできたことに、高橋さんの努力と先見の明に拍手を送りたいと思います。


実は、私の従兄弟が、ふるさと隠岐の島海士町でワイナリーづくりに挑戦をしています。現在、ぶどうづくりに成功し、ワイナリーづくりに挑戦するということですので、ぜひ、「domaine tetta」にも勉強しにきたらいいなあと思います。さっそく従兄弟には案内をするつもりであります。


高梁川を上り新見に  domaine tetta
・高梁川を上り新見に                     ・domaine tetta 店の看板     
ワイナリー工場 ぶどう畑
・ワイナリー工場の全体像                ・ぶどう畑   

説明をお聞きしながら 記念撮影
・説明をお聞きしながら                  ・記念撮影   


その後、哲多の山中からバスを走らせ、「哲多食源の里 祥華」で千屋牛めしの丼をいただきました。

周囲は山また山の自然に囲まれ、目の前には美しい川が流れ、まさに山紫水明の和風レストランでありました。「このような山の中にも人が足を運ぶのかなあ」と思いましたが、たくさんの人がお店で昼食をとっておりましたのに、いささかびっくりしました。
     
哲多食源の里 祥華 哲多食源の里 祥華
・哲多食源の里 祥華   


そして、新見から高梁に車を走らせ、高梁市複合施設を訪れました。
高梁市複合施設は、全体事業費として19億8千万円を投じて作られました。1階はバスセンターやテナント、2階は図書館・観光案内所・蔦屋書店・カフェ、3・4階は図書館です。また、2階には高梁駅との連絡道があり、改札口とつながっております。

高梁市図書館 高梁市外の人も図書利用カードを作ることができるため、市外から52.4%の来館者があるとのことです。さらには、来館者の70%を女性が占めるそうです。

4階部分には、キッズのための部屋や読み聞かせをする部屋もあり、子どもや親子が楽しく遊べる空間も設けられております。常ならば、「静」と思える図書館が、まことにイキイキとした「動」を感じる図書館でありました。

地元の高梁市長 近藤隆則氏もお見えになり、高梁市複合施設について熱く語られました。ビフォー・アフターを比べてみますと、蔵書数が10万冊から12万冊に増冊したり、閲覧席や座席の数が大幅に増えたり、学習・ワークスペースができたり、図書館の中に観光案内所やカフェが新たにできてたりしています。また、イベントなどたくさんの面白い企画に取り組まれております。
人口3万2千人という高齢化や人口流出という中で、「未来につなぐ図書館」としての大胆な取り組みにびっくりし、大変ユニークであると感心いたしました。今後ますます発展するだろうと、大変期待しております。


高梁の街並み 高梁駅前 山田方谷像
・高梁の街並み                       ・高梁駅前 山田方谷像   


さて、高梁市複合施設視察の後、バスは笠岡に向けて高速道路を走りました。

昼食会場にて  今晩の宿舎は笠岡グランドホテル、夕食は近くの辻与旅館です。辻与旅館には、犬養木堂先生の関係するたくさんの遺品があり、書などをしばし見学いたしました。

翌日の昼食会場には、地元の天野自民党幹事長もおみえくださり、激励をいただきました。

犬養木堂と遺品   犬養木堂と遺品
・犬養木堂と遺品   


二日目の7月12日は、笠岡諸島交流センターの視察に行きました。
笠岡市には、高島・北木島・白石島・真鍋島などがありますが、島自体の生き残り作戦としての自立策など考える必要があります。今後の課題も多く、例えば、北木島では北木石に関わる石材店が127ヶ所もあったところが、今は2ヶ所しかない、というような現実があります。また、島民の足としての定期船についても、これからも継続的に確保できるかどうかということは、島の振興策に大きく関わってきます。

笠岡諸島交流センターにて笠岡諸島交流センターは、国から1億4千万円の補助金を受け、笠岡市が2億円を投じて作られた施設です。

COS(センターオブコミュニティ)の名の通り、地域の若者達や、大学との連携の拠点であり、離島振興に関わるさまざまな事業を実施する場所であります。笠岡諸島に向かう船の待合所であるとともに、若者達が集う「みなとこばなし」という会議場なども用意されており、地方創生に大きな役割を果たしていることもみえました。

今後の笠岡諸島の新たな発展のために、重要な役割が期待されている施設であります。


次に、備中県民局井笠地域事務所を訪問いたしました。この地域事務所の出宮所長は、この3月まで議会事務局に勤めており、我々議員も温かいご指導とご支援をいただいた方であります。

さて、井笠地域は、3市2町から成り立っている地域であり、面積は550m2、県下の7.7%に当たります。人口は15万人余りで、県下の7.8%に当たる地域であります。地域事務所のさまざまな問題について概要の説明をいただきました。


そして、今回の県内調査の最後は、矢掛町でした。
矢掛町は、江戸時代に大名行列で栄えた宿場町です。その当時に使われていた本陣や脇本陣などがそのまま残されており、これらを古民家再生による地域活性化策として取り組んでおります。また、矢掛の町並みは明治・大正・昭和の建物も混在しております。それらの町並みと建物の外観等を整理し、新しい町並みの景観を保持すると同時に賑わいを作り出すための空き家の活用が行なわれています。古民家再生事業費約7億2千万円をかけ、平成26年には、やかげ町家交流館、矢掛屋本館及温浴別館が完成しました。そして、平成27年度を「観光元年」と位置づけ観光による活性化にも取り組んでいます。


再生事業に取り組む安達さん矢掛町長山野さんにもご出席をいただき、やかげ町家交流館、矢掛屋本館及温浴別館、平成29年にオープンした観光拠点「矢掛豊穣 あかつきの蔵」などをご案内いただきました。古民家が現代に活きる新しい街づくりとして活用され、食事のできる場所、土産物を販売する場所、宿泊施設など充実しており、これからの賑わい創出に大変期待が持てるという感じがいたしました。

県内には、美作・津山・笠岡・備前・倉敷・玉野・岡山ほか87市町村の岡山県特産品を一同に集めて販売をするような場所がありません。矢掛町こそ、「”この地に来れば、岡山の全てを歩かなくても、岡山の全ての名産品が揃っている”といえるようなスポットにすれば、観光施設としても今後大いに発展する可能性があるのではないか」というようなお話をさせていただきました。

「矢掛豊穣 あかつきの蔵」の土産物店に入ったので、「和紙はありませんか」とおたずねしてみました。
ところが、「ありません」とお返事が返ってきたので、少しだけ失望しました。そこで、「この矢掛に岡山県産品が集合していたら良いのではないか、観光客のみなさんが音楽で触れ合ったりできるような催し物があれば良いのではないか」というお話もさせていただきました。
「あかつきの倉」の筒井さんも、熱心に私の話を聞いてくださったので、矢掛はまだまだ変わるなあ、まだまだ前向きに発展するなあ、という感想を持ちました。(
写真は再生事業に取り組む安達さん

 

古民家をホテル風に再生
・古民家をホテル風に再生

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はたようじ 波多洋治

はたようじ 波多洋治

自由民主党公認岡山県会議員

昭和18年9月14日 島根県隠岐島生れ

住所/岡山県岡山市北区白石65-3

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